2012.10.31 Wednesday 20:18

去年の紫 2

 光速を超えしさびしさ月夜茸   若林波留美(紫 2012年1月号より)

 昨今ノーベル賞で話題になったiPS細胞を持ち出すまでもなく、科学技術の進歩には眼を見張る。昨年(2011年)9月、ニュートリノが光より早いという実験結果が報告された。もしも本当ならば「タイムマシンさえも可能」と、驚きを持って迎えられた。一昔前のSFの世界に、今の我々は片足を突っ込んで暮らしている。(注・今年6月研究チームは再実験の結果「超高速」を撤回)
 科学の進歩は素晴らしい。治療不可能だった病が癒え、暮らしはより便利で快適なものとなる。それは決して悪いことではない。だが、と作者はふと立ち止まる。この淋しさは何なのだろう?便利さや快適さを手に入れた分、何かをそっと手放してきたのだ。それはたとえば、夜は暗いということ、会わねば話が出来ぬということ、美しい景色は胸に刻み込まねば消えてしまうということ―それらはほんの取るに足らないことかもしれないのだが…。
  「光速を超えしさびしさ」というフレーズからは宇宙的な孤独感・孤立感をも呼び起こされ、寂しさが極まる。取り合わせた「月夜茸」という季語は、とてつもなく静かだ。見る人の誰もいない森の奥深く、ひっそりと光を放つ月夜茸。人類のたゆまぬ「向上心」はこれからも止むことなく、未知の領域を切り開いていくだろう。そして同じように月夜茸は光り続ける。
 ここまで書いてふと気づいた。質量のあるものは光速を超えられないという。だが、不意に押し寄せる淋しさは、光速をも超えてしまうのかもしれない。
 多くを語らぬ掲句の奥行きの深さに胸を打たれる。深く共感の一句。

 渡辺智恵(紫)

 
スカイツリー






2012.10.30 Tuesday 21:33

「紫」10月号・4

 新星集より(会員作品)

一切を鎮めし水や桜桃忌          新井愛子

ちぎれるほど手を振りし日の虎が雨     小高政子

鳰の子の増やしてをりぬ水笑窪       小林弘恵

長所短所あって愉快なソーダ水       坂上技

明易し無音の音の頻りなる         佐藤輝之

缶ビールの向こう側に戦火         佐藤祐二

梅雨籠り熱いコーヒーにて手紙       土屋福子

つばくろとこだまは同じ出自かな      豊永裕美

あちこちのベランダきれい梅雨晴間     桝村節子

シャワー浴び青年かもめの匂い消す     守谷道子

(「紫」2012年10月号 No.821より )














2012.10.29 Monday 09:16

十三夜

10月27日(土)は十三夜でした。
十三夜とは言葉通りいえば旧暦九月十三日の夜のことですが、十五夜同様、イコールその夜のお月様、またはその夜のお月見のことをこう呼びます。十五夜の月に対して「後の月(のちのつき)」ともいわれます。十五夜ほど話題にはならないようですが、「十五夜に晴れなし、十三夜に曇りなし」と言われることもあるように、旧暦八月十五日(2012年は9月30日)は台風や秋の長雨シーズンと重なり曇りや雨がちな天気が多いのに対し、十三夜は比較的晴天に恵まれることが多いようです。十三夜のお月様は満月の手前の少し欠けたお月様です。少し欠けた月を美しいもの、趣のあるものとして愛でる日本人の感覚は独特なもののような気がします。(ちなみに厳密に言うと、十五夜は必ずしも満月というわけではないようですが、2011年・2012年・2013年の十五夜様は「めずらしく」満月なのだそうです)今年は十五夜・十三夜ともお月見日和とはいかなかったところが多かったようですが、今宵10月29日は十五夜の月、そして明日30日は月齢でいう満月。お天気がよかったら空を見上げてみてください。名月以外でもこの時期の月の美しさは格別なことでしょう。月は一年中あるにもかかわらず、単に「月」と言えば俳句の世界では「秋」なのですから。



静かなる自在の揺れや十三夜    松本たかし

水甕の肌いきいきと後の月     星野麦丘人

やわらかき耳持ち歩く十三夜     大橋一青



十五夜






2012.10.26 Friday 10:08

去年の紫 1



死は大いなるわたくしごと天高し   六車淳子

俳句を書く場合、ディテールを執拗に描くものと、大まかに描く場合の両極がある。どちらが良く、どちらが悪いということはない。要は、どちらにしても作者の狙いが、きっちりと描ければ良い訳である。死を<大いなるわたくしごと>と感取した作者には脱帽する。俳句でしか言い得ない世界を見事なまでに顕在させている。

御堂まで道案内のこぼれ萩    桝村節子

道の案内は、人間が人間を案内するのが一般的である。それが、ここでは御堂までの案内役が<こぼれ萩>だという。このようなものの捉え方は詩人の眼である。こうすることによって詩の領域が広がって来る。常識の世界には限界がある。詩的想像力の世界には限界がない。


山噂柔
(紫2012年1月号/行雲流水より)

夕暮れ










2012.10.25 Thursday 09:27

「去年の紫」のココロ

一般的・伝統的に「有季(季語を含む)・定型(五・七・五の韻律)」は俳句の基本と言われています。句会では「当季(とうき)」といって、句を詠むその時の季節が大切な要素となります。晩秋の今ならせいぜい仲秋〜初冬の句を詠むのが普通で、まず間違っても春や真夏の句を詠んだりはしません。(どんな場合にも例外はありますが)
ところが「今月の紫」をご覧いただくとわかるように、10月の今、どの俳句雑誌や結社誌を見ても大半は初夏から盛夏の句が満載です。これは雑誌の編集や印刷の都合によるものですが、このタイムラグは季節を大切にしている俳句にとっては相当なジレンマです。

そこで一年遅れとはなりますが、今の季節にあった句と鑑賞を「去年の紫」として折々に紹介してゆきたいと思います。



くれよん






2012.10.24 Wednesday 20:56

霜降(そうこう)

今朝は各地でこの秋一番の冷え込みになりました。昨日は二十四節気のひとつ「霜降」でした。「霜降」とは実際に霜が降りることではなく、「秋も深まり霜が降りる頃」という意味で、歳時記では「秋」の「時候」の部に分類されます。実際に降りる「霜」の方は歳時記で「冬」の「天文」の部に分類されます。ちょっとややこしいですね。


霜降の陶(すゑ)ものつくる翁かな   飯田蛇笏

霜降や朝しらしらと繭の色   小坂文之









窓












2012.10.23 Tuesday 10:52

「紫」10月号・3

 山紫集より(同人作品・続)

またひとり溺れてをりぬ凌霄花    梁瀬みちこ

生も死も同じ静けさ夏の午後     山根摩耶

耳の位置みんなおんなじ風薫る    浅井世紀子

去りゆくも残るもいづれ青葉風    安倍有子

パラソルをまはして未練たちきれり   池田惠

付き合つてくれてゐたのか青葉梟   上田洋子

空襲より貧しく終わる川開き     加藤昌一郎

滴りてつぎのしたたりまでの間(あい) かみのみずほ

向日葵や頭をのせる首の骨      久下晴美

すぐ顔に出る癖今も江戸風鈴     佐藤きよ


      (「紫」2012年10月号 No.821より )



ショーウインドウ

2012.10.22 Monday 14:40

句会のご案内

11月上旬の句会

11月2日(金)  
貴船菊の会* 
         午前9時 秩父市立歴史文化伝承館
        
         さつき会*
         午後1時 秩父市立歴史文化伝承館

11月3日(土)  土曜句会*
         午前9時 東松山教育会館
      
         窓の会
         午後1時 さいたま市立田島公民館(自主句会)

11月4日(日)  紫川口句会* (紫本部例会)
         午後1時 川口市立西公民館

11月6日(火)  すみれ会*
         午後1時 さいたま市立仲本公民館

         万年青の会
         午後1時30分 川口市立前川南公民館

11月10日(土)   紫さいたま句会* (紫本部例会)
          午後1時 浦和コミュニティセンター
         (浦和PARCO10階)

11月12日(月)  さくら草句会*
         午後1時 さいたま市立仲本公民館

11月13日(火)   ひだまり句会*
          午前10時30分 西川口コミュニティサロンひだまり


*のついている句会の指導者は山噂柔玄膾砲任

嵐山渓谷











2012.10.20 Saturday 14:29

現代俳句協会・新人賞応募作品(3)


工場事務職員         豊永裕美

工場の事務員真白きシャツを着て
「ご安全に」といふ挨拶白木蓮
副資材土手の小鳥のやうなもの
ほら週の始まったんだと糸桜
洋式の便座に潜む余寒かな
ひこばゆる背筋の伸びた新社員
実は背は樹脂製プリンターの虻
春日傘さして経理の小走りに
蚕室や三人只今産休中
万緑にフォークリフトの斬り込んで
梅雨雲やお出ししようかピンクの傘
カンナ咲き不休災害発生す
風死すや舌出す安全衛生旗
麦茶沸く部屋から熱がもれもれと
作業着を足場に夏の雲登る
新緑やうどんをすする独逸人
とろろ汁今日の課長はけむりの目
子烏の甘えよ道に鯉光る
かげろうと抗鬱剤の空き袋
いつまでも埋まらぬ席や柘榴の実
鰯雲軍手片方落ちてゐる
フロッピー薔薇の根元に埋葬す
どこからか鴨が裁断機へとゆく
どうしてか鴨はつがいに増えにけり
木枯らしのせいかスタッフみなゾンビ
ヘルメット磨いて磨いて冬の虹
女子の群れやっぱりこわい河豚の毒
すりむいて鉄のコイルは氷るなり
日脚伸ぶコピー用紙のあふれけり
工場の北の巣箱に辞令かな


  虹








2012.10.19 Friday 13:15

現代俳句協会・新人賞応募作品(2)


斜め          平田らた

雨の匂いもう夏なんだな
誤解そのままそっとしておく
夜が女の形で寝ている
熟れたマンゴーに触れた指の甘さ
空は罅割れどこからかマイムマイム
ぶんぶん手を振る大和町三丁目
あやとりの糸は赤でなければならぬ
歯の抜ける夢の歯しげしげ見る
痛みには弱い男で押し通す
いないいないばあで捕まえに来る
よく遊びよく眠る白さるすべり
夕暮れの窓辺に椅子置いてあやうい
シャーペンが倒れた方から来る
この道も夏空に追い込まれる
おしまいの文句出てこぬわらべ唄
万華鏡カチリ鳥雲に
てちてち髪噛む猫の遊び
短夜をおんあぼきゃあとねこ童子
父母未生以前の姉の雛祭
薬一錠五月闇に転がる
痛い体を探られている
死者に生者に今夜の月明るい
手をつなぐ淋しさが深まる
夜をあがってゆくラム・ソーダの気泡
雨打つ雨におぼれている
誰か来ていた夜の台所
今朝は退屈なエスカレーターに乗る
球体の胸囲を計る医学という
茄子枯らして遊ぶ夢の途中
壊れ方だんだん面白くなる


夕日(車庫)








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