2014.02.11 Tuesday 01:17

主宰日録

 1月17日、第59回角川俳句賞・短歌賞の授与式・新年会に主席しました。
二次会では、「小熊座」の高野ムツオさん・関根かなさんとお茶やワインをという約束でしたが、「豈」の仲間の池田澄子さん・筑紫磐井さんや、埼玉の桑原三郎さんや原雅子さん・正木ゆう子さんも加わり9時ころまで歓談をしました。仙台に帰る高野さん・関根さんは9時半の新幹線に乗るということで残念ながらの散会となりました。
その後、高野ムツオさんが読売文学賞を受賞されるということで、2月24日に帝国ホテルで贈呈式とパーティーがあります。読売新聞社から招待を受けましたので出席をする予定です。

ビル





2013.12.24 Tuesday 23:25

山崎十生です

 新しい年に向けて

 先師、関口比良男が天に召されたのは、平成10年11月17日である。あれから15年の歳月が流れている。その間に私は、句集「花鳥諷詠入門」「大道無門」「秩父考」「現代俳句文庫53山崎十生句集」「十二月八日」「恋句」「悠悠自適入門」「原発忌」の8冊の句集を刊行した。志半ばで断念した句集もあるが、自分自身としては、ある程度の仕事が出来たのかと思う。来年は、総合誌に書いた文章を中心に仮称ではあるが「現代俳句鑑賞」というエッセイ集を刊行したいと思っている。それと同時に、テーマ別の句集ににも拘りがあるので、小句集の刊行も予定している。山崎十生全句集の依頼もあるが、なかなか心の整理がつかないでいる。

 現代俳句協会の本部関係では、来年度で年度賞の選考委員も任期満了となるので時間的にも精神的にも楽になれる。一誌を差配してゆくには、種々のストレスを抱え込むことになる。
ストレスが原因で体調不良となって三年半が経過したが、これも完治ということころまできている。なるべくストレスとは縁のない俳句生活を送りたいと思っている。「紫」という俳句結佐に縁があって、私も同人・会員諸氏もひとつの絆が出来たのであるから、その絆を大事にして新しい年を迎えたいと思う。

 副会長をしている埼玉県現代俳句協会・埼玉県俳句連盟、会長をしている川口俳句連盟にも是非ご協力を頂き、「紫」の和を、そして先師・関口比良男の求める俳句の道を同人・会員諸氏と共に極めてゆきたいものである。

(「紫」No.835より転載)


笹と黄葉




2013.11.19 Tuesday 15:02

山崎十生です

 添削について(供

 通信で添削をする場合は、直接本人に話を聞けないので添削には限度がある。しかし、個人レッスンの添削の場合は、本人の話を聞いて、作者の狙いを把握することが可能である。その場合は、通信添削と違ってヒントの出し方が自ずと変わる。
どちらにしても過剰な添削は禁物である。

テレビ等で添削を見ていると、あまりに手が入りすぎであると感じるときがある。原句に比して上手に仕上がっているが、作者が不在となって添削者の作品になっている場合がある。これを、私は「著作権の侵害」として扱っている。添削をする場合はあくまでも「著作権の侵害」をしない程度でなければならない。

しかし、作者としては、「著作権の侵害」をしてもかまわないから満点の作品を望むこともあるだろう。また、添削された作品に、原句がどんな姿であったかもわからないほど「著作権の侵害」をされているとも気が付かずに、感嘆の声を上げる作者や視聴者や同席した俳句愛好家もいるであろう。このような作品は「著作権の侵害」も甚だしく、著作権が添削者に移行してしまう。巧すぎる添削には要注意。

 添削する者として、私自身は決して「著作権の侵害」をしない。瑕疵のない優秀な作品に添削することは逆に本人のためにならない。作者本人が推敲する努力をしなくなってしまう。添削者は、アドバイザーに徹し、作者に考える余地を与えることが使命なのである。添削される側は、過剰な添削を望まず、評価を得られなかったとしてもアドバイスを素直に受け止め、作品を水子にせず推敲すべきなのである。


 
(「紫」NO.834より転載)

  ひつじぐさ








 

2013.11.12 Tuesday 17:28

山崎十生です

婆娑羅忌に寄せて

 先師、関口比良男が天に召されたのは、平成10年11月17日である。あれから、すでに15年の月日が流れた。毎年召天の日には、大宮の青葉園に墓参をさせてもらっている。11月は、天候も安定していて、いつも雲ひとつない晴天の日が多い。小春日和が先師の人柄そのもののようである。

召天され10年が過ぎてからは、連れ立っていくことはなくなったが、墓参に訪れている方もいるようである。浦和教会の共同墓地で多くの方が眠っておられる。私の知っている文学関係の方も数名いる。11月に召天された方も数名いるので、先師の召された17日前後は、花が絶えることはない。

15年間、主宰として切り盛りをしてきたが、会員・同人の数はマイナスにはなっていない。しかし、その間多くの逸材が黄泉に旅立たれている。自分自身の身体の一部がもがれてゆくような思いである。訳あって退会される同志もおられる。しかし、我々は「紫」を攻めの姿勢で守っていかねばならない。先師の求めていた道だけは、しっかり守って俳句の道を極めていきたい。

 今年は、午後から川口俳句連盟の例会があるから、17日の午前にお詣りをするつもりである。少し朝が早いが、先師への約束を守るべく墓参をすることで、決意を新たにしたいと思っている。

(「紫」NO.834より転載)

ウェルカムライト





2013.10.22 Tuesday 11:32

山崎十生です

 添削について(機
 
 毎月、添削指導をしている。「紫」では、投句用紙の裏面に「通信添削指導のきまり」を掲載してある。その他、句会などでも添削することがある。初心者の場合は、特に自分自身の作品についての評価ができにくい。それは、ベテランであっても同じだが、初心の場合とはいささかの差異があって当然であるが、その見極めははなはだ難しいことに変わりはない。自選が確かにできるようになるのは困難なのかもしれない。そういうことで、句会や指導が成立するのだと思う。そこで、添削におけるマナーというか、私の添削のフィールドのようなことを記しておく。
 添削において、一番多いのが「切字」の使い方である。たとえば、
 
 紅葉やそれぞれ命誇りとす
 
 といったような句があった場合、上五の〈紅葉や〉の「や」は「の」に置き換えできるはずである。何も切れ字にする必要はないわけである。二句一章になるのか、一句一章になるかは作者の意図でもって決まる。切れ字の場合、特に気を付けたい点である。
 
 次に気を付けたいのが「助詞」の使い方である。その中でも「を」や「は」「の」等は使い方によって、その意味が正反対になってしまう場合があるから要注意である。
 その次によく行うのが、上五と下五の置き換えである。これは添削指導の定番とも言える。韻文である俳句においては音律も大事な要素である。その音律の良さを修正するのに、上五と下五の置き換えは非常に有効な方法である。
 
(「紫」NO.833より転載)

 
紅葉



 

2013.10.07 Monday 22:44

主宰日録

  10月4日、埼玉文芸家集団の刊行委員会に出席したあと、「深夜叢書社創立五十周年と慎爾さんを励ます会」に出かけた。俳句会の祝賀会にはよく使われる場所である。

 発起人は瀬戸内寂聴さんお一人である。その寂聴さんの挨拶によれば、「発起人を七〜八人呼びかけて募るはずだったが、忙しくしているうちに時間切れで一名の発起人となった」次第であるそうだ。
 
 いつもの軽妙な挨拶のあと五木寛之さんのスピーチ。鷹羽狩行氏のスピーチ。
乾杯は、上野千鶴子さんと美空ひばりの息子の加藤一也さん。ハモっての乾杯は初めて。

 顔見知りの各出版社の社長さんや編集長とも挨拶。

 出版業五十年の中でのエピソードを交えての齋藤慎爾さんの一面をいろいろと知る。

 私は、堀井春一郎さん編集の「季刊俳句」を通して深夜叢書社社主の齋藤さんの名を知った。春一郎さんの句集『曳白』は、今も大事にしている。藤原月彦さんや津沢マサ子さん等の贈呈を受けた句集も書斎には多い。
 
 花束贈呈は、富士眞奈美さん。

 黒田杏子さんとも皆野町の句会をはじめ雑談。

 有馬朗人さんも多忙の中駆けつける。

 知己の方では今年のベガ俳句大会で講演をしていただいた恩田侑布子さんも出席。評論集『余白の祭』がドゥマゴ文学賞に決定のチラシが出来ていた。同賞は、昨年7月1日から本年7月31日までに出版された単行本、または雑誌に発表された日本語の文学作品から、一点のみが受賞となる。俳句関係の受賞は文学賞の中でも珍しい。賞金も百万円と破格である。深夜叢書社刊での受賞慶祝。11月8日に授賞式である。

 大井恒行さんをはじめ「豈」同人の仲間も久しぶりに出会う。「紫」に執筆をされた方々も多数参加されていた。

 たった一人で出版業を五十年続けてきたのは、多くの理解者がいたということと齋藤さんの熱情によるところが大である。


山崎十生

道




2013.09.17 Tuesday 15:49

山崎十生です

 「私の選句」

 私自身が、選句に当たって最重視しているのは、事実であることが最優先なのではなく、他者の心を動かすことが出来ているか否かである。要は、たとえ、事実であっても、心を動かさない作品は、記録としては有効でも、作品としてはなんの価値もないということである。日常な瑣末な出来事を捉えて作品にすることを否定している訳ではない。そこに、詩的昇華がなされていれば異論はない。しかし、あまりにも事実に拘泥していると、単なる日記的な記録に陥りがちになってしまう。
 それでは、日記的な記録を超克するためには、どのような方法でもって処理をすればよいのであろうか。ありのままに素直に表現することも大切だが、忘れてならないのは、第三者を納得させることである。例えば、料理人が自分自身が、美味しくないものをお客に提供しても、お客は喜んではくれないであろう。私は、「老」とか「孫」などが一句に読み込まれていた場合、殆ど選ぶことはない。生老病死は、人間の根源的なテーマには違いないが、それがダイレクトに文字で作品化されたのでは、それらの言葉は、足を引っ張るばかりで記録化を促進するばかりである。生老病死をテーマとして扱うのには何の異論もない。極力、直裁的な言葉は排して、作品の背後に秘めておくことが肝要である。読み手は、その背後にあるものを、あらゆる想像力を駆使して鑑賞する楽しみを望んでいるのである。


(「紫」NO.832より転載)

滴り





2013.08.23 Friday 09:24

山崎十生です

 「選句の基準」

 前回は「選句の姿勢」として、選句する物の基本的な態度を示したが、今回は実践的な面について述べたい。
 俳句を書く上で注意したいのは、忠実に書こうとするあまり、無駄な言葉を取り入れてしまうことである。吟行などで、「その土地への挨拶」ということから、その土地の名を安易に使ってしまうことには問題がある。それはケースバイケースであるということを念頭に置かなければならない。例えば、私が住んでいる川口を一句のなかに挿入した場合、17音のうちの23%を使って、どれだけ川口に詩的効果があるかというと、効果どころかマイナス要素が強く足を引っ張ってしまう。足を引っ張るくらいなら、川口は使わない方が得策である。これは浦和でも大同小異である。それが、秩父となるとマイナス条件がいくらか緩和される。しかし、それでも言語芸術として俳句を捉えた場合、然程(さほど)、詩的エネルギーが注入されたとは思えない。その土地へに挨拶に社交辞令的作品は失礼というものである。もう少し魂を込めた愛に満ちた表現で一句を成せば、自ずと川口なら川口が一句の中から消えてゆく筈である。これは単に地名だけに限らない。孫や友などの身近な言葉や季語にしても同様である。まして、季語をなぞったような季語の使い方は、季語自体に対しても失礼で、裏を返せば季語に馬鹿にされてしまう。そこに、事実の報告だけに終始した写生俳句の落とし穴がある。そのことを俳人ならば肝に銘ずるべきである。

(「紫」NO.831から転載)

杉並木










2013.07.23 Tuesday 12:03

山崎十生です

 「選句の姿勢」

 毎月の紫の句会において、参加者の選句は八句が一般的だが、私の場合は自由に○を付けさせていただいている。その他に特選の「天」賞、準特選の「地」と「人」の各一句を付けている。しかし、それは、絶対的評価ではなく相対的評価での特選・準特選に他ならない。川口や浦和の本部例会の作品が、十人足らずの支部の句会と比較した場合、どちらに絶対的評価があるとは言えない。言い換えれば、一概に大人数でベテラン揃いの本部例会に軍配を上げる訳にはいかない、ということである。(少人数で初心者の多い句会でも素晴らしい句に出会えることもある。そういう意味で、本部例会での作品の評価は絶対的ではない。)しかし、前述のような条件を満たしている本部例会の作品は、自ずと絶対的評価の出来る作品が多いのは否めない。くどいようだが、どのような句会でも、「相対的価値」で選んでいるので、特選・準特選の作品が必ずしも絶対的評価とは限らない。
 句会とは違って、添削講座の作品の評価については、評価基準が別なので、絶対的評価の作品には◎を付けさせていただいている。この◎は絶対的な評価なので滅多に付けたことがない。次位の作品には●を付けている。これは、自選作品七句を出す場合に問題ないものとして扱っている。ブレのない作品を選ぶのが自分自身の使命なのだから、決してブレのある選句をしてはならない。無責任な選句は、選者として恥ずべき行為で、選者の資格はない。


(「紫」NO.830より転載)

樹







2013.06.18 Tuesday 21:31

山崎十生です

 6月14日(金) ホテルグランドパレス二階ダイヤモンドルームにて、第47回蛇笏賞・迢空賞の贈呈式・祝賀会に行ってきました。俳句部門の蛇笏賞の受賞者は、文挟夫佐江氏の句集「白駒」でした。大正3年1月生まれですから99歳という最高齢者の受賞です。当日はお嬢様の介添えを得て授賞式に参加されました。選考委員を代表して金子兜太氏の弁がありました。兜太節を発揮しての選考経過がなされました。本年からは、ノミネート作品を5句集に絞っての選考となった様です。
迢空賞の方は、昭和34年生まれの米川千嘉子氏の歌集「あやはべる」となりました。現代の歌人としての受賞の言葉も理路整然として快いものでした。
地下鉄のホームでは小澤實氏と出会い会場にスムースに入ることが出来ました。

たんぼ






<<new | 2 / 3pages | old>>
 
CALENDAR
NEW ENTRY
ARCHIVES
CATEGORY
COMMENT
PROFILE
MOBILE
LINK
RECOMMEND
SEARCH
OTHER

(C) 2020 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.